「絵画の運命」 柴崎信三

ジュンク堂で行っていたフェアで偶々買った『絵筆のナショナリズム』が面白かったので、同じ著者の新刊である本書を購入した。絵画に纏わる物語は一筋縄ではいかない。時代によって評価が変わる作品は、その評価にふさわしい運命を辿るとは限らない。ピカソの『ゲルニカ』は祖国スペインに帰還するまでに数十年の時間が必要だった。横山大観が描く『富士』は明らかに戦意高揚の道具であったが、横山大観は藤田嗣治のように故国から追い出されることはなかった。夏目漱石が小説や評論の中で褒めていた青木繁は没後に評価されるようになった。

日本の経済バブル時代に、日本人によって高額で落札され話題となったのがゴッホの『ひまわり』と『医師ガシェの肖像』。『医師ガシェの肖像』はテオ没後、デンマーク人の蒐集家へ300フランで売却された。その後、幾人かのもとを転々として、シュテーデル美術館が取得し1933年まで収蔵品として展示された。ナチスが政権につくと「退廃芸術」として糾弾の対象となり、1937年にドイツ宣伝省は『医師ガシェの肖像』を没収する。ナチスによる略奪美術品は競売に掛けられ売却された。『医師ガシェの肖像』はまた市場を流転し、ニューヨークメトロポリタン美術館に寄託された。1990年持ち主のクラマルスキー家が『医師ガシェの肖像』の売却を決め競売に出品した。落札したのは大昭和製紙名誉会長の斉藤了英だった。落札額は当時のレートで約124億5千万円だった。会長は「死んだら棺のなかに一緒に入れて燃やしてほしい」といったそうだ。会長の没後、『医師ガシェの肖像』は燃やされることなく売却され、現在の所蔵先はわかっていない。

ゴッホの『ひまわり』と『医師ガシェの肖像』が落札された時、その落札額に随分驚いた記憶がある。しかしながら、今ではその落札額を超える美術品があり作品の価値は何によってきまるかよくわからない。バンクシーの『風船と少女』が1億5千万円で落札された後、額縁に仕掛けられたいたシュレッダーで裁断された。その後作品名が「愛はごみ箱の中に」となり、作品も落札者がそのまま購入したという話だ。作品の価値が落札価格より上がったという見方があるという。

 観者の心に深い痕跡を残す絵は、ただ画家の造形の天稟のみによりもたらされるものではない。描かれたモデル、画題、時代背景、また保護、競売といったシステムやメディアの批評など、取り巻く人々の目がある。そして、作品自体が時を超えて流転してゆくその歴史が、現代に息づく重要な要件ともなる。
 現代絵画をめぐる<美>の経験とは何か。観者の眼差しはどこへ向かうのか。
 本書で取り上げた作品をめぐる物語は、この歩みに関わった人と時代に探る、カンバスの裏に隠された絵画の履歴書である。
 人生が時代の<制度>と無縁ではあり得ないように、<美>もまた<制度>のなかで観者に発見され、呼び出される。そして<制度>を超えた新たな命を吹き込まれる。そこには埋もれた<美>の観者による再発見があり、政治や経済など時の力による簒奪や投機がある。また、<美>に憑依された人々による蒐集、独占がある。模作、贋作、窃盗といった作品をめぐる場外乱闘でさえ、水源をたどれば、<美>に憑かれた人が探り当てたユートピアの陰画と読めなくもない。

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