「ア・ピース・オブ・警句」 小田嶋隆

本書は著者が「日経ビジネスオンライン」に毎週連載している5年分のコラムから厳選した27本が収録されている。27本のコラムを選んだのは著者ではなく、編集者に任せたそうだ。「日経ビジネスオンライン」を購読すれば毎週コラムを読むことができるが、ちょっと購読料があれなので管理人は本になることを我慢して待つことにする。

今年は新型コロナウイルス感染拡大で世界中が大変な事態になっており、5年前の時事問題を思い出そうとしてもはっきりしない。本書を読んでいて、5年前の今ごろは新国立競技場が色々取り沙汰されていたのを思い出した。オリンピックの暑さ対策も、人工降雪やら打ち水やら道沿いのビルの冷房を開放するとか、今思うと珍妙な対策だった。東京オリンピックのマラソンと競歩は札幌開催が決まってしまい、オリンピック自体も2021年に延期された。来年本当にオリンピックやるの?と言う感じだ。

モリカケ問題や桜を見る会の追及もなんだかうやむやのうちに新型コロナウイルスに飲みこまれてしまった。モリカケ問題のときでも内閣支持率があまり下がらずに元に戻ったためか、官邸周辺は「問題が起きても時間が経てば国民は忘れる」と学習したようだ。問題が起きてものらくら曖昧模糊とした答弁を繰り返し、大臣が辞任した時には「任命責任は首相である私にある」といいながらどんな責任を取ったのかわからない首相が憲政史上最長の在任日数になった。ただ新型コロナウイルス感染が収束した後も現内閣が継続しているかどうかはわからない。来年オリンピックが開催されたら、国民はアベノマスクを忘れてしまうのかもしれない。

 われわれの国では、政治家が自分の支持者を饗応するに当たって税金を使うことが、さして問題視されていない。それどころか、その種の力こそが「政治力」であると考える人たちが、この国を動かしているのかもしれない。だとすると、われわれの国がふつうの民主主義国家として再出発する未来は果てしなく遠いのだろう。
<中略>わたしたちは、どうやら、特権を帯びた人間がその特権をかさにえこひいきを発動することや、特定の政治家を支持する人間が見返りを求めることを「ごく自然な」「人として当然の」態度だと思っている。それどころか、われわれは、莫大な資産を持つ人間が自分の周囲にいる人間に金品をばらまくことや、人事権を握った人間が、自分の好みの人間が有利になるべく取り計らうことを「器の大きさ」ないしは「度量」と見なす感覚さえ抱いている。
 してみると、このたびの「桜を見る会」をめぐる一連の経緯は、現政権の体質を露見させた意味で、結果として、大変に出来の良い試金石であった以上に、われら日本人に自分たちの国民性の弱点を思い知らせる絶好の教訓噺であったのかもしれない。

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