「貝のうた」沢村貞子

本書は女優沢村貞子さんの半生記。本書はNHK連続テレビ小説「おていちゃん」の原作とあったが、管理人は「おていちゃん」を見ていないので本書は新鮮な内容だった。管理人が持っていた沢村貞子さんのイメージとは随分違うものだった。管理人が言うのもおこがましいが文章が上手く感心した。最近このような文章に出会うことが少ない。それにしても、朝ドラで新築地劇団や日本プロレタリア演劇同盟のことを取り上げたのだろうか。今のNHKでは想像できないことだ。

著者は浅草猿若町生まれ。父は狂言作者だったが、狂言を書くことはなく芝居の雑用をしていたようだ。そのため自分の子供は役者にさせようとしていた。兄は四代目澤村國太郎、弟は俳優の加東大介。兄國太郎は歌舞伎では門閥を外れていたため大役が回ってこないため映画俳優に転身する。本好きな著者は上の学校で学びたく、両親を説得して府立第一高女へ入学する。学校の教師を目指して日本女子大学へ進むが教師の裏の姿を目の当たりにして教師になることを諦める。

沢村さんは日本女子大学在学中に新築地劇団の研究生になる。結局、大学は退学することになり演劇活動から政治活動へ移っていく。プロット(日本プロレタリア演劇同盟)の命令で今村重雄と結婚する。半年後築地小劇場の入口で逮捕される。留置場に入れられ、転向を勧められたが著者は拒否し起訴される。市ヶ谷刑務所へ送られた。10ヶ月後に、「何でもいいからはやくあやまって外へ出ろ」と雑役婦に言われ、上からの命令と勘違いし偽装転向して保釈される。

保釈後、再び著者はプロレタリア演劇活動に戻った。公判が開かれた時、指令された戦術どおりに転向を取り消し、裁判官を侮辱した。裁判所が保釈取り消しの手続きをしているすきに、著者は裁判所を抜け出し地下運動に加わった。1週間ほどして、著者は指定された上野御徒町の裏通りを歩いても来るはずの男に会えず、巣鴨のアジトに戻り、格子戸を開けた途端、特高に逮捕される。取り調べで二人の男に木刀と竹刀でさんざんこづかれ、太ももに牡丹のような痣でき、そこから血が吹き出た。意識が戻ったときには、留置場に横たわっていた。著者が捕まったのは夫の自供からであることを知り、著者は誰も信じらず本当の転向をする。懲役3年執行猶予5年の判決が下り釈放された。

管理人は政治活動のところが一番面白く読めた。特高の暴行では転向しなかった著者が、夫の裏切りで運動をする気を失うというのはなんともやるきれない感じがした。著者は兄を頼って京都へ行く。転向によって「映画女優沢村貞子」が誕生した。終戦の玉音放送を聞いたところで本書は終わっている。

 還暦を迎えたある日、私は急に自分の「生い立ちの記」を書くことになった。その頃、夫がライフワークにしていた映画雑誌の筆者の一人が病気になられて、その穴埋めに、子供をみんな役者にした私の父の話でも・・・というわけだった。
 結局、その原稿は不用になったが-私は、つい、そのまま書きつづけた。突然、昔を振り返った瞼の裏に、とっくに忘れていたはずの若い日の出来ごとが次から次へ浮んできたからである。
 まるで、もつれた糸のとき口がみつかったように、一本の細い糸にあれもこれもとさまざまなことがつながって、そのまま昨日のことのようにハッキリ姿をあらわした。もしかしたら、自分では振り捨てた筈のそれらの思い出は心の底に重なりあい、じっと呼吸をつめて、この日の来るのを待っていたのかも知れない。

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