「慟哭の谷」 木村盛武

本の話

北海道の炭鉱跡を訪ねるとき一番恐いのはヒグマ。なるべく会いたくないけれども、遭遇したらどうしようと考えても上手い対処法が思いつかない。最近、熊よけベルを装着して歩いているが効果のほどはよくわからない。本書は有名な苫前三毛別ヒグマ襲撃事件のノンフィクションで、小説やドラマなどの種本になっている。文庫版では、そのほかのヒグマに関する事件も収録されている。本書を読んで、ヒグマの生息地にはむやみに近づかないのが一番ということがわかる。

苫前ヒグマ襲撃事件とは、1915年12月9日~10日にかけてヒグマが民家を襲い、7人(そのうち胎児1名)が死亡し、3名が重傷を負った獣害事件。1915年12月14日、襲撃したヒグマは「宗谷のサバサキの兄」山本兵吉により仕留められた。仕留められたヒグマは黒褐色の雄で、身の丈2.7メートル、体重340キロ、胸間から背にかけて、袈裟掛けといわれる弓状の白斑交えた大物。推定7~8歳、前肢掌幅20センチ後肢掌長30センチ、身体にくらべて頭部が異様に大きかった。苫前町には「ベアロード」があり、三毛別ヒグマ事件復元地へ行ける。復元地付近はいまもヒグマの生息地域なので、管理人は行ったことがない。

第二部はヒグマとの遭遇ということで、三毛別ヒグマ襲撃事件以外のヒグマ関連事件を紹介している。写真家星野道夫さんと福岡大学ワンゲル部の事故が印象に残った。星野道夫さんが亡くなられた時、なぜあの星野さんが熊に襲われたのかと思ったひとが多かったのではないだろうか。管理人もあれだけアラスカで動物写真を撮影してきたのにと思った記憶がある。事故現場が自然保護区で銃の所有が許可されず、襲った熊が地元住民に餌付けされていた。星野さんは餌が豊富なときに熊は襲ってこないと述べていたそうだが、この年鮭の遡上が遅れていた。TVクルーとガイドの証言が食い違うところがあり、なぜ最後まで星野さんがテントに止まったのかよくわからない。

 今日尚、熊との接触事故は絶えません。2011年以降、13年の春までに起きた北海道の羆による人身事故は、死者二人、負傷者三人にのぼります。その多くは山菜時季の入山に集中しております。
近年異常ともいえる都市生活圏への熊の侵入、激増する目撃情報などから、熊の増加も考えられますが、森林生産力の低下は否めません。熊の餌となるどんくりなど実のなる木が減っているのです。野生の熊が餌を求めて移動する索餌行動は本能であり、行動半径の拡大につながっています。その結果、列車や自動車と接触する近代型事故も起きており、抜本的対策が急務です。
熊は意外と身近なところに棲んでいます。私は、いたずらに熊を恐れ、憎んだりするのではなく、熊と人間が共生できる社会であってほしいと願います。

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