「犬の記憶」・「犬の記憶 終章」 森山大道

本の話

父親が入院し、看病疲れで母親が動けなくなり、管理人が父親に付き添うことになった時読んでいたのがサイードの自伝「遠い場所の記憶」だった。今回は母親が入院して、手術中は病院内にずっと親族のかたが居て下さいと言われたため、森山さんの「犬の記憶」を読みながら時間を潰した。「犬の記憶」は著者に縁がある街を再訪する<記憶への旅>の写真と文章が集められている。「犬の記憶 終章」のほうは著者に影響を与えた写真家とその背景の記憶をまとめている。両書は重複している部分が結構あるが、あまり気にならなかった。

印象に残ったのは札幌に三ヶ月間滞在し北海道を撮影したときの文章と深瀬昌久さんに関する文章だった。北海道で撮影された写真は、札幌芸術の森美術館で開催された写真展で初めて見て、その時写真集も買った。「僕は北海道が好きだ、などというよりも、僕にとって北海道はおそらく終生変わることのない<我が愛>なのである」。札幌にアパートを借り、連日カメラを持ってバスや列車を使い北海道の街を訪れ撮影する。一泊することはまれで、ほぼ連夜重い足をひきずってアパートにたどり着く。「寒い部屋の夜の定食は、蟹でもジンギス汗焼きでもなく、決まって生の食パンにチーズとジャム・ティーと、暖をとるためのニッカ・ウィスキーであり、ごくたまに現像用のホーローの深バットで卵を茹でて食べた」。

昨年亡くなられた深瀬さんは北海道出身で、実家が美深町で写真館を営んでいた。「平成四年六月二十日の深更、東京は折から土砂降りの雨だった。その夜したたかに酔った深瀬さんは、新宿ゴールデン街の行きつけの酒場の二階から下の路上に転落して頭部に重傷を負った。一命はとり止めたが、記憶障害と失語症状とで、相当の回復はあるものの、現在まだ、多摩市の養護ホームで加療中である。きっと、雨で階段が濡れていたからだろう」。管理人は当時深瀬さんが事故にあったのを知らず、最近深瀬さんの新作の写真を見ないなあと暢気なことを思っていた。「深瀬昌久の、唯一の撮る理由は”ヒマで退屈だからサ”であった」。そして森山さんは「結局”まだ見つからない”ので手がカメラから離れない」。

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