「エマ・ゴールドマン自伝 上・下」 エマ・ゴールドマン

本書は上下巻合わせて1400頁あまりで、註も訳注も図版もなくひたすら文字が続く。ネットで本書に関する書評を探してもあまり見つからなかった。エマ・ゴールドマンにちなんで大杉栄・伊藤野枝夫妻が娘の名にエマとつけことを大杉栄関連の本で知った。エマ・ゴールドマンに興味を持ち本書を読み始めた。

エマはケーニヒスベルクからペテルブルグへ密入国し、その後アメリカへ渡る。本書の前半は「自由恋愛主義者」エマ・ゴールドマンの男性遍歴譚のような内容で、「アナキズムとは何か」と言うような思想的な議論はあまり出てこない。とにかく登場人物が多く、名前を覚えるのも大変だ。エマは「いい男」に出会うと、心というより肉体が反応する感じである。結婚という制度を否定していたが、後半の終わり近くに結婚したことをちょっとふれている。終生同志として連れ添ったアレクサンダー・バークマンとは結局結婚をしなかった。

エマはアナキズムのための情宣活動しながら、雑誌「母なる大地」を立ち上げ、講演で全米を回った。その間に出入獄を繰り返す。1919年エマはアレクサンダー・バークマンとともに国外追放となりロシアに向かう。本書で一番面白かったのが「ロシア1920-21年」の章。エマたちは革命政府で働こうとしたが上手くいかず、革命博物館のための資料収集を行う仕事に就く。革命後のロシアはエマが考えていたような国家ではなかった。

エマはレーニン、トロツキー、クロポトキン、ゴーリキーなどと面会している。当時、クロポトキンは幽閉状態だった。革命政府の指導者との話し合いは、不信感を募らせるものだった。1921年労働者のストライキやクロンシュタットの反乱に対する革命政府の対応を間近で目撃したエマはボルシェヴィキ革命を支持することは間違いであることを確信する。革命政府はアナキストを反政府勢力として弾圧し続けた。

エマはロシアから出国し、ラトビア経由でストックホルムに着く。エマは24歳年下のスウェーデン人青年に恋をする。エマはドイツへ渡り、ロシアでの「裏切られた革命」について本を書く。その後はイギリスへ行き、フランスで自伝の執筆を決意する。自伝はここで終わっている。その後、1936年アレクサンダー・バークマンは自殺する。エマはバルセロナへ行きスペイン内戦のために活動した。しかしながらフランコ軍がバルセロナを制圧した後、エマは亡命する。エマはカナダで第二次世界大戦に対して反戦活動を行う。1940年エマは脳出血のため亡くなる。70歳だった。

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