昭和 東京 私史

本の話

『昭和青春読書私史』を読みかえしたとき、あとがきに本書のことが書かれており、読んでみようと思いネットで調べたら絶版だった。しかたがないので中公文庫の古書を購入。送料のほうが高かった。本書は昭和の初めから日米開戦までの自伝的回想で、普通の人びとの生活史になっている。最初に『昭和青春読書私史』を読んだのは大学生のころで、なぜ『昭和 東京 私史』を読まなかったのかは忘れてしまった。その頃は本の話にしか興味がなかったかもしれない。

昭和七年大相撲の力士が協会に叛旗を翻し、脱退して「新興・革新」力士団を結成して興行を立ち上げた。この話は管理人は本書で初めて知った。今の相撲協会では考えられないことであるように思う。この新しい相撲団体は髷を切り、トーナメント方式の競技だった。当初は連日「札止」の大人気だったようだが、間もなく「惨めな敗残の姿をさらすよりほかない破目」に陥った。その理由を著者は大相撲の伝統が担う様式とけじめの抜き差しならぬ美意識を無視したためと述べている。

著者の叔父と父との教育感の違い、著者の三度にわたる退学、夏休みの避暑地の思い出、当時流行った歌など昭和ならではの興味深い話が多く面白かった。庶民というよりももう一つの上の人の生活が窺えて興味深掛かった。別荘を持っていたり、『女中』を使っていたりと今のサラリーマンでは考えられない。著者の退学騒動も隔世の感がある。昭和も遠くになりにけりといったところだろうか。

 本稿執筆に当って、おおよそのところ、大雑把な目安を幾つか立ててみた。一つは、昭和「正史」を書くのではない、ということ。歴史書なら、すでに数にこと欠かず、私自身、歴史の専門家でも学者でもない。だから、「私史」なのだが、といってまた、「私」にこだわり、自叙伝ふうの回顧談を、恋々と書くつもりもなく、第一、そんな「柄」ではあるまい。
ただ昭和の六十年近くを、東京の片隅に生きてきた一人の人間の「周辺」を、大上段のイデオロギーは抜きで書いておきたい、書けたらいいな、そう思っていた。ところが、なかなか「そうは問屋はおろさない」というわけだ。
文筆専業生活二十年を余るというのに、これは、いささか心もとない告白だが、文章とは、実に、思いどおりにならぬものである。一回が四枚半という、新聞掲載の枠に制約されたこともないとはいえぬが、書こうと心掛けていたこと、予め覚え書ふうのメモまでとっていたことすら、前後の脈絡で、どうあっても、文章の流れのうちに、うまくすっぽろと嵌まってこない。そういう局面にしばしば出会って困惑した。

著者 : 安田武
出版社 : 中央公論社
発売日 : 1987/08/01
文庫 : 296頁(中公文庫)
定価 : 本体417円+税

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