「国道3号線」 森元斎

『国道3号線』という題名だが、本書は国道3号線についての本ではない。旧三池炭鉱は国道208号線沿いにあって、国道3号線からは外れている。最後の「おわりに」はホワイトヘッドの話で、国道3号線とどんな関係があるのか本文を読んでも管理人にはわからなかった。「炭鉱と村」は炭鉱と言うよりも谷川雁論なのでちょっと違和感があった。もっと上野英信を取り上げてくれたほうが管理人としては良かった。西南戦争、水俣病、米騒動は国道3号線を北上して納得するし読み応えがあった。旧街道ではなく、国道という視点が今までになく面白かった。ちょっと誤植が多いのが残念。

 なぜ私たちは「こう」なのか。確かにチッソがなければ水俣の人々の生活が向上しなかった側面もあるのは確かだ。たとえば天皇制をこれに代入してみてもよいだろう。戦前は天皇の名の下に戦争が実行された。その間、日本の人々だけでなく、アジア中で多くの人間が殺された。数百万人とも言われる人々が天皇の名の下に殺されたのである。多くの日本の人々は加害者である。そこにきて、原爆投下である。敗戦である。一九四五年以降、天皇制は維持されることで、加害者意識などはなかったことになり、被害者であることばかりが宣伝されるようになった。国家レベルと民衆レベルとでは歴史観の位相が異なるのもかもしれない。しかしながら、戦争を支えていたのは、私たちなのである。戦後、私たちは、戦争を命じていた天皇を支えるようになった。今や、二代ほど代替わりなるものがあり、天皇制そのものに肯定的な人々が多くいるとされている現状を、国外の人々はどうみるだろうか。天皇の名の下に殺されていった人々はどうみるだろうか。そこに<暗点>が存在するのではないか。だからこそ、道子は美智子と文通を、交流を重ねたのか。

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