「わたしの脇役人生」 沢村貞子

「わたしの脇役人生」という題名から女優業の回想かと思ったが時評的なエッセイだった。「豊田商事」、大相撲の「花の三八」、「ニューハマ」、一億総グルメ、小学校受験、男女雇用機会均等法、雑誌創刊ラッシュetc.とバブルのちょっと前1980年代半ばに話題となった事柄が沢山でてくる。「リクルートルック」が定着しはじめ、みんな同じような髪型で同じ色のスーツを男女ともに着るようになった。

著者は正面切って批判するのではなく、ちょっと外してチクリと言う感じで世相を批判する。それが「脇役人生」からの視点といったところだと思う。ピンと筋が通っているので小気味よい。この後のバブル期に著者は女優を引退する。バブル期のTV局は凄かったらしいので、女優の仕事はいくらでもあったと思う。それでも引退したのは「下町の女」だったからかもしれない。あの頃の日本は正気を失っていたというかおかしな時代だった。みんなが主役になろうとして、脇役には目もくれないそんな時代だった。この時期を著者はどのように感じていたのだろう。

 そのうちに-自分の生き甲斐をいつまでもウロウロと探しまわっているわけにもゆかないし、少々、気に染まないことがあっても-私は私なりの生き方をしてゆくように心がければいい・・・ホンのすこしでも、自分のまわりに、おいしく吸える空気を集めるようにしよう-そう決めたら、いくらか気が軽くなった。職業として脇役をえらんだことや、この世知辛い世の中で、お金を稼ぐということは並たいていのことではない、と朝晩、自分自身に言いきかせてきたせいも、多少はあったのかも知れない。とうとう五十年あまり、バチはバチなり、同じ場所に居つづけてしまった。

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