「ナニカトナニカ」 大竹伸朗

本の話

本書は、『ビ』に続き「新潮」に連載されたエッセイの約5年分を纏めたもの。各地の展覧会に関連するものが多い。世界中の美術展覧会に招待されて、著者は三ヶ月同じ場所にいたことがなかったという。本書には各エッセイに1枚の写真が掲載されている。全てがエッセイに関連するわけではない。それらは、著者が日々撮影した写真。作品として撮影したものではないと著者は述べている。

芸術家が写真を撮るとアート作品なるけれど、写真家が撮った写真は必ずしもアート作品とはならないと思う。じゃあアートって何だと聞かれると返答に困るが。管理人が現代芸術家の著作を読むのは、何か撮影のヒントがないかと探しているがそんな都合の良いことは少ない。本書を読んでいて、自分の住んでいる場所を撮影するのが難しいのは「ヨソ者視点」の欠如だなと納得した。管理人は札幌を撮ることは滅多にない。

 どこであれ自分のいる場所に慣れるにつれ、「見る」ことへの好奇心は変化していく。住人となれば人間関係に気持ちが働き始め、素の目玉にフィルターがかかってくる。
なんでもないものに遭遇し、反射的な好奇心から写真を撮ろうとするのは大方「ヨソ者」だ。この展覧会の趣旨は「英国人以外の見た英国」、いいかえるなら「ヨソ者視点の歴史」に違いない。同じ場所に住みながらヨソ者の視点を持ち続けることは簡単なようで、かなり難しい。
彼らの背中を見ているうち、以前ロンドンから来日した友人デザイナーと真夏に新宿の坂道を二人で歩いていたことを思い出した。当時彼の主な仕事は専属レーベルのアナログレコードジャケットのデザインだった。
友人は交差点手前の坂道途中で突然立ち止まった。
そのスポットは長年見慣れた信号手前の坂道だった。彼は無表情にカメラを取り出し、自分自身の濃い影を避けながら淡々とアスファルトの路面を撮影し始めた。
足元には車両滑り止め用の直径十五センチ程の円型の凹みが三メートル四方に規則正しく並んでいた。友人は撮影し終えると「Very interesting,beautiful!」と笑った。日本で最高の絶景に出会ったような表情だった。
改めて見下ろす路上は数分前とまったく違って見えた。路面が新種の絵画に思えてきた。それまで幾度となく「見た」つもりでいた坂道だが、自分は何も見ていなかったことに初めて気づいた。「新しさ」は常に足元にある。「見ること」の本質をロンドンのヨソ者に突きつけられた思いがした。

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