「革命伝説 大逆事件1」 神崎清

本の話

本書は最初「革命伝説全四巻」(芳賀書店)として出版され後、改題した「大逆事件-幸徳秋水と明治天皇全四巻」(あゆみ出版)の新版である。全四巻の大作なので一巻毎に紹介していく。二段組みの全四巻を全て読み終わるのはいつになるかわからない。こんなに長い評伝を読むのは「評伝北一輝」以来だと思う。第一巻は大逆事件前夜というべき巻で、「赤旗事件」の裁判で終わっている。

著者によると「大逆事件」の遠因は、在米日本人社会主義者の『ザ・テロリズム』事件に関する領事館の機密情報が最初の種だった。この機密文書の収集には東大教授も関与していたらしい。『ザ・テロリズム』(第一巻第一号)の「日本皇帝睦仁君ニ与フ」は本書で読める。この機密情報を入手した元老山県有朋が明治天皇に社会党取り締まりが不完全であると奏上し、西園寺内閣へ社会主義者の取り締まりを強化するように圧力をかけた。そのような状況で宮城に近い場所で「赤旗事件」が起こり宮中内で動揺が広がる。西園寺首相はこの情勢を察し、内閣総辞職を決意する。

サンフランシスコ領事館が提出した機密文書は内容が怪しいものであったが、元老山県にとって社会主義者の取り締まりの強化を進める上で好都合だった。山県有朋は西園寺内閣を総辞職に追い込み、桂軍閥内閣を成立させた。社会主義弾圧体制の整備と強化整えられた。「赤旗事件」の被告に対する判決は従来に比べると重い刑になっている。アメリカで出回った印刷物に過剰な反応をする政府と宮中を元老が上手く利用した感じがする。

 国民の頭脳と知識を高く代表する存在でありながら、天皇の権威におされると、合理的思考が停止するばかりでなく、晨襟をなやます恐怖の幻影の正体をとりおさえるために、司法官僚の全脳細胞が憎悪と敵意にもえあがり、法律と裁判を悪用して、社会主義者と名のつく者の鎮圧をはかったのであるから、権力のドレイ、天皇の走狗といわれても、弁解する方法がない。
恐れ多くも上御一人をねらう暗殺主義者は、どこかにかくれているのだろうか。やがてその恐怖の幻影のなかに信州明科の森林と爆裂弾を持った労働者宮下太吉の映像がうかんできたとき、天皇制国家権力の全機能が反射的にうごいて、大逆事件をつくりあげ、国家犯罪ともいうべき残虐行為をはたらいたのである。
しかし、二十四名の死刑判決と十二名の絞首刑をうんだ天皇制裁判の暴力化は、突然あらわれた国家悪ではない。元老山県の天皇直訴、明治天皇の鎮圧請求があって、赤旗事件の前後から目立ってきた司法権力の変調と迎合のなかに、ハッキリその徴候を見せていた。鎮圧体制を中心にしていえば、赤旗事件は、大逆事件の予告篇であり、また大逆事件は、赤旗事件の完結篇であった。天皇制裁判の暴力化傾向に、社会主義者の大量の血を見なければおさまらない大逆事件フレーム・アップの必然性がひそんでいたことを、この赤旗事件の段階で告発しておきたい。

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