「いのちへのまなざし 熊谷守一評伝」 福井淳子

本の話

本書が読売新聞のコラム「時の余白に」で紹介されていて早速購入。著者はギャルリームカイのオーナー 向井加寿枝さんの娘と紹介されていた。昨年没後40年ということで、東京国立近代美術館で熊谷守一展が12月に始まり、本年3月21日に閉幕した。

熊谷守一の絵といえば、管理人は猫の絵しか知らなかった。本書を読んでいるとき、東京には行けないのでネットで熊谷守一の図版を見てみた。初期のころの油彩画は、西洋画の雰囲気を残しており、どうしてあの猫の絵に変化したのか本書を読み終わってもよくわからない。晩年の作品、「朝のはぢまり」や「夕映」は管理人の理解力を超えており、著者の説明を読んでも理解できなかった。

本書は小宮豊隆「夏目漱石」と似たように、評論の対象者が著者と親しいと、否定的な批評や評価をあまり書けないのかと思った。また、私生活の面もあまり深入りはしていない。極貧のなか許嫁がいた女性と結婚した経緯も曖昧な記述だし、その後の生活もあまり作品を制作せずどのように暮らしたのか。アトリエを建てたのは、奥さんの実家からの援助らしいけれども明確な記述はない。

 外科医や登山家は、自分が一瞬のミスも許されない厳しい日常をおくるので、熊谷の迷いのない線の厳しさ、緊張感をより切実に感じるといいます。株の取引で瞬時の決断を迫られる人は、熊谷のかたちのきっぱりした潔さに共感します。患者のさまざまな訴えに耳を傾ける内科医は、熊谷の絵のなかに、やわらかな日差し、さわやかに流れる空気、生きものの呼吸、何気ない日常のかけがえのなさなどを読み取ります。熊谷の作品を見ているうちに、自分のなかの雑念が去り、気持ちがすっきり洗われるという経営者もいます。家族のなかに心配事のある女性は、無邪気に遊ぶ子烏を描く熊谷の墨絵を見て、熊谷の視線のやさしさに慰められ、元気がでてくるといい、俳優は、繰り返し熊谷の作品を見るうち、自分の演技の過剰を排し、シンプルに本質を表現することがいかに難しいかを日々実感するそうです。もちろん、熊谷の絵の色の鮮やかさや思いもかけない色の対比にまずこころを奪われる人や、童画のような素朴さが好きだという人、見るたびに発見があり、見るたびに不思議があり、その面白さに惹きつけられて、何年熊谷の作品を見続けても飽きることがない、と目を輝かせて語る人も少なくありません。絵との出会いはさまざま、人それぞれです。

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