「写真家の記憶の抽斗」 北井一夫

本の話

十数年前、高円寺にあったギャラリーイル・テンポの「北井一夫展」を見に行った時、たまたま北井さんが在廊されていた。展示以外のオリジナルプリントを見ながら北井さんとギャラリーのかたと一緒に話をした。ギャラリーでは、オリジナルプリントや北井さんの写真集を販売していた。オリジナルプリントにはちょっと手が出なかったので、写真集『抵抗』を購入し、北井さんに署名してもらった。その時の話では、北井さんの手元にも写真集『抵抗』はないということだった。

管理人が写真家から写真集に直接サインしてもらったのは、森山大道さん、佐内正史さんと北井さんの3人のみ。佐内正史さんの場合、写真展を見て良いなあと思い写真展会場で写真集を買ったら、「サインしましょうか」とご本人に言われてしてもらった。

本書は見開きの右側が文章で、左側が著者の写真という構成。文章は写真の説明というか想い出話のような感じ。あとがきによると、『週刊読書人』に毎週600字ずつの文章を2年間連載したとある。本書を読んでいて、写真の撮り方にたいする姿勢が自分に似ているなあと思った。北井さんは写真家として50年という節目でフィルムと印画紙に別れを告げたそうだ。これからの仕事はデジカメと印刷を中心とするとあった。

 撮影する時にいつも考えていたことがいくつかあった。
観光地や有名な人や風景を撮らない。美しいと感じる花は撮らない。多くの人たちから価値があると認められているものを撮らない。価値がないとされている、時代とともに忘れられ消えていく、普通の人たちの普通の生活とその場の風景だけを写真にするようにいつも心がけていた。
私が撮ろうとする被写体は、写真に定着させたとしても定まった価値観が生まれるわけではなく、定着を終えた写真はカメラを向けた時に見ていた被写体の生活の不安定さと、撮影した時の私と被写体との間の空気をリアルに感じとれる写真に仕上げてくれるものだった。
写真は、被写体と定着した写真が不安定なまま、定まった価値観をもたずに揺れ続けているものだった。

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