「沖縄 若夏の記憶」 大石芳野

本の話

若夏とは、沖縄の季語で、混効験集によると「四・五月穂出る比を云」とあり、新暦では五月、六月にあたる。本書は沖縄をめぐるフォトエッセイ集。単行本は1997年に出版され、今回、岩波現代文庫として復刊。やや長い現代文庫あとがきが追加されている。

著者が最初に沖縄へ行ったのは1972年。本書に掲載されている写真は、25年間に撮影されたものから選ばれている。現代文庫版には新しい写真もあるらしい。20年前出版された本書に書かれている沖縄の状況が、今でもなにも変わっていない。米軍基地はあいかわらずあり、基地関係者による犯罪もなくなることはない。琉球新報によれば、米軍のみが使用する専用施設で比較すると、沖縄には全国の74%が集中している。一方、県外には自衛隊の駐屯地を米軍が共同で使用している施設があり、それを含めると、沖縄の米軍基地は全国の23%になる。2011年6月末の統計では在日米軍兵力のうち在沖米軍の兵力は70.4%で、特に海兵隊は沖縄駐留の割合は87.4%に達する。米軍は2011年6月末を最後に在沖米軍の人数を公表していない。

西表島に炭鉱があったことを本書ではじめて知った。宇多良炭鉱跡の写真には、ガジュマルやアコウの樹が建物を締め付けている様子がとらえられている。夕張や三笠の炭鉱跡でも樹木がコンクリートの建物を破壊しているが、熱帯樹の場合はその比ではないだろうと思う。西表島の箇所では雁皮ですいた和紙を復活させた人のことも紹介されている。雁皮紙は松尾芭蕉の「奥の細道」の原本に使われており、110年前まで存在していたが途絶えてしまっていた。そんな和紙をウチナーンチュが復活させるとは意外だった。

やや濃いピンク色で小ぶりのカンヒ桜が咲き終って、野山が若草色に萌えるころになると雨の日が多くなっていく。やがて、真赤なデイゴの花が咲き始め、大地が潤うという意味のウリーの季節がやってくる。緑に包まれた短いこの時期を、ウチナーンチュは情感を込めて「うりずん」と呼ぶ。

うれずみの夜雨 節節もたがぬ

苗代田の稲や 色の清らさ

二月下旬から四月にかけて、水田の稲や畑の麦の青々と瑞々しい美しさの光景を揺った琉歌のひとつだ。
こうした風情の季節と隣り合わせにあるのが、若夏だ。「うりずん若夏」というように、対語で使っている。沖縄で生まれた季語だけに、ウチナーンチュの繊細で柔らかな心根が感じられる。
「若夏の訪れ、さーいやさーかほ、南風かほる稲田に、さいーやさーかほ・・・」と、八重山民謡でも愛唱されている。


若夏の光はとたんに躍動的で眩しく感じられることが多い。
そっと吹いてきた風は、深緑に混じってこの春に生まれた柔らかな若葉にメロディーを奏でさせる。静まり返った空気の中で聞こえてくるこのうりずん南風の、サー・サワ・サワ・・・という音楽の心地よさは、この季節の魅力のひとつだろう。

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