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「トレブリンカ叛乱」 サムエル・ヴィレンベルク

本書は、トレブリンカ収容所から生還した著者による手稿。トレブリンカ絶滅収容所はワルシャワの北東90キロ程のところにあり、1942年7月に開所して1943年10月に放棄されるまで存在した。閉所後、ナチスドイツは収容所の痕跡を残さないように偽装したため実態がいまだに解明されていない。70万人以上のユダヤ人が殺害されたと言われている。

著者は19歳の時、約7000名のユダヤ人と一緒にトレブリンカ収容所に移送され、一人だけ死を免れた。1943年8月、著者はユダヤ人特別労務班による叛乱に加わり、脱走に成功する。その後、著者はワルシャワ蜂起に加わる。本書では、ワルシャワ蜂起降伏後、ソ連軍進駐までを描いている。本書が実際に書かれたのが1948年で、出版されたのが1986年イスラエルでだった。封印状態にしていたのは、訳者によると「同胞に対する筆舌に尽し難い罪悪感が重くのしかかっていたからであろう。自分自身が生き残るためにドイツ側に手を藉したことになる」からだ。

本書の前半は収容所での実体験を描いており、内容の重複が多い。トレブリンカ収容所の叛乱以降は、まるで冒険小説のようで、色々な人びとに助けられワルシャワへ逃げ戻り、ワルシャワ蜂起に加わり戦う。著者は神に選ばれた人というか普通では考えられないような多くのことを経験する。なぜ著者がトレブリンカ収容所でガス室送りにならず、射殺もされなかったのかは本書を読んでもはっきりしない。トレブリンカ収容所叛乱で脱走できたのは100人くらいだった。

トレブリンカ収容所で行われていたことは、プリーモ・レーヴィが描いたアウシュビッツと同様に、どんなに悲惨なことであっても、後の時代の人間にとって再体験できるものではないし、全てを理解することも困難なことだ。それでもなお読み続けなければならないのは、同じようなことがいつ起こるか分からないからだ。

 お前は、トレブリンカにいる。収容所ってものの中で一番でかいくそ溜めだ。坊主にされてないのに気がついてるか。そんなこと構うものか、ここは労働収容所でもないし、政治犯収容所でもない。ただの巨大絶滅収容所。大量虐殺作戦場に過ぎないんだ。お前がどう見えようと誰も気になんかしない。髪の毛があろうと坊主だろうと、お前を殺すのに何の関係もありゃしない。
 俺たちがどんな風にやっているかお前が知りたいのは当然だ。俺は移送者として、チェンストホヴァからここに来た。お前が来る少し前だ。ガス室で殺される者たちが脱いだ衣類を選り分けるのに慣れていた囚人の多くがドイツ兵に銃殺された。だからわれわれの移送者から、いなくなった分の穴埋めにたくさん囚人として選び出し、なんとか収容所らしく恰好をつけようととしたんだ。
 だが勘ちがいするなよ。ここは全く収容所なんてものではない。でかい死の工場なんだ。いままでもすべてがカオスだ。ここにあるのは狂気だけだ。ドイツ兵は人々に発砲し、殺戮し、ガス室へ送る。
 いまやドイツ兵はちょっとした命令を大事にしてしまったのさ。

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