「ニッポンの山里」 池内紀

本書は全国の山里を訪ねた旅の記録。余り知られていない山深い土地を訪ねるというのはあまりないことだと思う。本書で紹介されている山里で管理人が行ったことがあるのは開田高原だけ。開田高原にはカメラ倶楽部の合宿で、御嶽山と木曽駒の写真を撮りにでかけた。登山の途中で通った集落はあるが、その集落に行くのが目的ではなかった。

山里へ行くには何時間も車やバスを乗り継ぐ必要がある。山里は過疎化がすすみ、集落の戸数は少なくなっているところが多い。都会にでたひとが戻ってくるのは旧盆のお墓参りのときだけ。平成の市町村大合併で、町名が変わったり、違う市になったりしている。南アルプス市と言われてもどこからどこまでの地域なのかちょっとわからない。地域振興という名目で、横文字のハコモノが山里にできているが利用者は少ないらしい。

西国の山里には「平家落人伝説」が多いという。こんな山奥に京の雅な文化が残っているとはということがあるらしい。平家の落人は闇雲に山奥へ逃げたのか、予め住めそうなところを目星をつけて逃げたのか。伝説だけのところの山里が多いのもみても、逃げる平家の四散の様子が窺える。「ワタクシモ現代ノ落人デスカラ」といって、青い目の東洋文化研究者が古民家を買って山里に住み込むこともあるという。

 いつ、ここに人が住みついたのか。いったいどこから移ってきたのか。離れ小島のような集落であれば、共同体としてのつながりが強いだろう。それはどのような形態をとり、どうやって維持されているのか・・・。学者が調査して、フィールドワークの成果が学会で報告され、研究誌に発表されたかもしれない。それはアカデミーの方々におまかせして、私の山里探訪記は、居候の見聞録である。ときには泊まりをかさねたが、いつも永遠によそ者だった。
 話を聞き、よくながめ、よく歩き、メモやスケッチをとったが、学問の作法とはいっさいかかわりがない。山里の風土と歳月と暮らし、いまや急テンポで消え失せかけたものを、なるたけこの目で見たままに書きとめておこうとした。印象深い人々と出会い、親しくなって再訪を約束したのに、めったに約束をはたしていない。

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