「正弦曲線」 堀江敏幸

本の話

著者による「まえがき」も「あとがき」もないため、どのような経緯で書かれたエッセイなのかわからない。巻末に「婦人公論」2007年1月22日~08年12月22日/09年1月7日合併号とあるところから、本書は「婦人公論」に連載されたエッセイを纏めたものと思われる。どんなテーマでもよいですから書いて下さいという依頼だったのか色々な話題が取り上げられている。

「正弦曲線」という書名から数学に関するエッセイかと思うひとは余りいないのだろう。三角関数の正弦波は振幅が決まっていて、プラスとマイナスが交互にやってきて極端にぶれない。

 日々を生きるとは、体内のどこかに埋め込まれたオシロスコープで、つねにこの波形を調べることではないだろうか。なにをやっても一定の振幅で収まってしまうのをふがいなく思わず、むしろその窮屈さに可能性を見いだし、夢想をゆだねてみること。正弦曲線とは、つまり、優雅な袋小路なのだ。

 この「正弦曲線」のエッセイのなかで、フランス語でジェットコースターのことを「ロシアの山」というということが書かれていて、昔大学の授業で読んだ映画「禁じられた遊び」のシナリオのことを思い出した。直訳すると「蝸牛が馬車をひく」という表現の意味が分からなかった時、たまたま「禁じられた遊び」のTV放送があり、教科書片手に映画を見た。件の表現ところは、字幕の翻訳では「よろしくやっていろ」だった。映像を見て成る程と思った。本書を読んで、第61回読売文学賞<随筆・紀行>受賞というのも成る程と思った。

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