「磁力と重力の発見」 山本義隆

本の話

出版されたときから読もう読もうと思っていた本書をやっと読了。初版からもう9年が過ぎてしまった。受験生の頃、駿台予備校の物理参考書には高校物理外の偏微分が使っていて、「こんなの反則だろう、著者は誰だ」と見たら山本義隆とあった。この時、管理人は”山本義隆”という名前を知った。著者の本を初めて読んだのは「重力と力学的世界」だった。大学教養の時、「社会思想史」の講義の参考図書としてリストに載っており、社会思想史と重力は何の関係があるのかと思ったのがきっかけだった。著者がなぜ科学史というか物理学史の著作を書くようになったのかよくわからなかった。管理人がいた素粒子研究室の先輩が「東大全共闘での一番の損失は山本義隆が素粒子研究を離れたことだ」と言っていたくらい、著者は優秀な研究者だったらしい。管理人は全共闘世代ではないのでこのあたりのことはよく知らない。

本書は遠隔作用の力の概念形成を紀元前から辿るという壮大な試みを行っている。力の原因や本質を問うということよりも、形而上学的な問題を棚上げにし力を数学的に記述することによって近代物理学が始まる。遠隔作用を問題にしていたのは魔術や占星術だった。ニュートンは万有引力の研究よりも錬金術の研究?のほうがずっと長かった。デカルトの機械論はとにかく力の原因を追求するあまり奇妙な説明に陥った。物理学史でデカルトをあまり取り扱わないのはのはこのあたりが原因だと思われる。しかしながら、ガリレオも機械論者で遠隔作用の力を胡散臭くみなしいて、万有引力にたどり着けなかったというのは意外だった。本書で面白かったのは、”魔術師”デッラ・ポルタにかんするところだった。ポルタはいわゆる物理学史には出てこない人物で初めて知った。

本書は全3巻総947頁(通し頁になっている)という大著だけれども面白く読める。物理が苦手のひとでもエピローグ以外難しい数式は出てこないので読み通せると思う。第1回パピルス賞、第57回毎日出版文化賞、第30回大佛次郎賞を本書は受賞している。著者はインターネットも使わず、外国へも行かず本書を書き上げたというのには驚いた。使っているソフトがWindows3.1のWZエディターというのには脱帽。

 磁力そして一般に力の研究の発展は、古くはプラトンやエピクロスそしてルクレティウス、近代にはデカルトやガッサンディのめざした還元主義の方向にではなく、どちらかというと神秘思想家ニコラウス・クザーヌスそして魔術師デッラ・ポルタの予感した方向を辿ったことがわかる。こうしてもともとは物活論的で霊魂論的なあるいは魔術的な自然観から生まれ出て、実際にギルバートやケプラーにいたるまでそのような意味を色濃く帯びていて、そのため機械論からは否定されていた遠隔力の概念が、数学的関数に表される法則として確定されることによって、自然学の内部にその位置を見出し、かくしてコペルニクスの体系は真に動力学的に基礎づけられ、近代物理学が生まれ出たのである。

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