「通過者の視線」 森山大道

本の話

本書を読んでいたら、すでに読んだことがある文章が多かった。最新刊なのになぜだろうと思い初出一覧を見たら、「もうひとつの国」所収のものが9篇あり、「犬の記憶・犬の記憶終章」文庫版あとがき、写真集所収の文章を合わせると半分くらいは既読だった。購入するときによく調べなかったのがまずかった。「もうひとつの国」は現在絶版状態なので、「もうひとつの国」をまだ読んだことがないひとにとっては本書はいいのかもしれない。

森山大道さんの本はだいたい2~3回読み直しいる。このブログで紹介している本の著者でも多いほうだと思う。管理人が写真を始めたころはモノクロフィルムで撮影していた。デジタルカメラはあったのかもしれないが普通のひとが使う道具ではなかった。カラーフィルムも高かったのでモノクロフィルムを使っていた。モノクロ写真ではやはり森山大道さんの写真が好きだった。そのためデジカメでもモノクローム画像にしている。あくまでモノクローム写真のようなものにすぎないが。

 モノクローム写真について日頃よく訊かれる。モノクローム写真をどう思いますか?なぜあなたはモノクローム写真を多く撮っているのですか?モノクロームの魅力とは何ですか?などの質問だ。“好きだから”とか“イロっぽい”からとか答えるのがいちばんいいわけだが、そうもいかないときはぼくなりの解釈を多少添えて、モノクロームの世界は「夢性」を帯びているから、「象徴性と抽象性」を持っているから、などともっともらしく言うのであるが、結局は、モノクローム写真の表わす世界そのものが、すでに「非日常」の光景、「異界」の風景以外の何ものでないイメージとインパクトを内在させているからだと思う。つまり、ぼくも、そしてモノクローム写真を眺める人々も、写された事象そのものを見るだけでなく、始めから転写された非日常を突きつけられて、一瞬、白と黒のグラデーションに鈍化された映像世界へとまぎれこみ、異界との遭遇、もうひとつの現実を経験するものだと思う。少なくとも、ぼくがモノクローム写真に惹かれる理由はこのあたりに在り、「写真はモノクロームだろうが!」とついほざいてしまったりする。

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